てきとうなはなし

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ファンなってからしばらく私はずっとすばるくんを疑ってた。
いつかグループより自己表現をとる人だと。
ずっと心の中ではそう思ってた。
灰色のカーテンの暗闇からあなたを連れ出したヨコヒナに感謝してよね、くらいに思ってた。
傲慢な考えだし、今思えばそもそもジャニーズがエイトが嫌いならさっさと辞めてたはずだし、まだそのころは他のメンバーが彼のことをどんな風に思ってたかよくわかってなかった。
関ジャニ∞のドラマ性と関係性、そしてファンへの在り方に焦がれてファンになったから、それにいつも水を差すように見えたすばるくんの態度は気に食わなかった。
嫌いだったわけじゃなくて、内のこともあったしこれ以上ただメンバーの誰かを悲しませるようなことをしないで、と願っていた。

 

フラフラはとにかく嫌いだった。エイトでは見たことのない顔をしているすばるくんを見るのが嫌すぎて、お台場のテントは確か初日に行ったと思うけど、アンコールで立たなかったし、手繋ぎも絶対嫌だった。本当に腹が立ってたから。
フラフラがなくなってやっと居場所を関ジャニ∞にしてくれたときは本当に嬉しかったし、そのあたりでようやくメンバーのほとんどがすばるくんのファンで崇高してることに気づいたような気がする。
本音を言うとあの頃のやすばもあまり好きじゃなかった、と思う。
2人だけの2人にしかわからない世界観で、他のメンバーを、特にヨコヒナが入れない世界みたいなのが許せなかったんだと思う。
横山さんだけは崇高してるように見えなかったけど、いつからか2人がプライベートでずっと一緒にいるようになって、戸惑ったりもした。
すばるくんに唯一なにかをはっきり言える人がいなくなってしまったのではないか、とそれでいいのかと。
まあ結果として大倉がいたのだけど。
フラフラ前後くらいからメンバーがみなすばるくんの手を離さないためにできる限りのことをしようとしてるように見えた。
私が好きになった関ジャニ∞のドラマ性の大部分を担っていたから、それは好きだった。
どこかにふらりといなくなりそうなすばるくんを繋ぎ止める6人が好きだった。

その変わった関係性が共依存に見えることもあったけど、おもしろくて好きだった。

 

10周年を迎えたときいつもファンのことばかり考えてきてくれたから、これからはもっとみんな個人で好きなことしていいよって思ったけど、本人たちは本当に全員同じだったかはともかくグループでなきゃ意味がないように見せてくれた。
それに関ジャニ∞は大きくなってしまった。メンバーもファンも望んでいたことだけど、私はすばるくんが壊れたらどうしようと思ってた。

自分を押し殺すのは上手くない人だから、って。
ソロコンで関ジャニ∞のTシャツ着てアイドルの関ジャニ∞を名乗るすばるくんに、そんなことしなくていいもう疑ってないから、って思いながら、それでも安堵してる自分がいた。
でもムリやり自分を閉じ込めたりしているならいつか崩れるんじゃないかと思ってたりもした。

すばるくんは私が想像するよりずっとずっと大人で真面目できちんと自分で自分をコントロールできる人だったのに。

私ももうすっかりすばるくんを崇高していた。
味園も関ジャムも彼が自由になれるなら何でも嬉しかった。

この2年、アイドルをやりきるすばるくんが一体どっちの方向に振れるのかずっと窺っていたけど、メンバーがあまりにメンバーを好きで信頼してたから、そんな風にする私がダメなんだなぁと思ってた。

 

結局いつもどこかで疑ってたんだと思う。
だから週刊誌の見出しをツイッターで見たとき、その時が来たんだな、って思った。
中身の理由がくだらなくて一度は安堵した時、それでも「絶対辞めるわけない」とは言えなかった。
絶対がないことはこの10年間でもう重々知ってた。
本気ならメンバーが彼の意思を尊重してしまうこともわかってた。
大の大人がした大きな決断を誰も止めることができないことも、10代のころに決めた決断が長い年月の間に形を変えないことなんてないということもわかってた。つまらない大人だから。
36才を人生の半分というのは切ないという意見も見たけど、人は明日死ぬかもしれないことは2011年に思い知った。
すばるくんは2度経験してるんだから、もっとわかってるはずだ。

それにあんなに生きてるということを理解してる人なんだから。

 

友だちや家族みたいな関係じゃなくてもっとビジネスライクだったら、フラフラが続いていたら、エイトがこんなに大きくならなかったら、関ジャムがなかったら、すばるくんに音楽との付き合い方を教える仕事や機会がなかったら、6人がすばるくんのことをこんなに好きじゃなかったら、すばるくんが関ジャニ∞をこんなに大事にしてくれなかったら、
思いつく限りのたらればを考えても、結末は時期の前後はあれど今と同じだと思う。

 

ずっと関ジャニ∞自体を疑ったことはなかった。
きっと売れると信じてた。
売れたらビジネスライクな関係になるんだろうな、と思ってたけど、彼らは少なくともファンの前ではずっと一緒に音楽をやるのが、一緒にバカなことをするのが、一緒にいるのが楽しそうな友だちみたいだった。
私が願ったように大きくなってそれでも楽しそうにいてくれた。
本当はずっとバンドだろうがなんだろうが、ジャニーズであろうがなかろうが、ただあの7人で楽しそうにしてる姿が見れてればよかったんだ。
辛いことや悲しいことがあっても、先が見えなくても、どんな風でも7人で笑って、いつかちょっとだけ8人の姿を見れたらそれ以外望んでなかったから、それだけのためにeighterをやって来たんだって気づいた。

でもこれから先、6人の関ジャニ∞を信用できる自信がない。
すばるくんを中心に結んでた紐が緩んだら、いつか、いつかまた誰かすばるくんを背中を追いかけて行ってしまうのではないか、でも全員が追いかけることはたぶんないから、空中分解してしまうのではないか。
そんな風に疑ったままファンを続けていけるんだろうか。
7人の綺麗な記憶のまま一切の蓋をしてしまうことも今ならまだできる。
どうしたらいいのかまだ決めきれない。
どうしよう。
それにきっとメンバーはまたすばるくんのいる関ジャニ∞に会えるのに、私は会えない。
あんなに愛したあの姿を見ることはもうできないんだ。
そんなのずるい。ずるい。ずるい。

エイトはいつもファンのことをすごく愛してくれてるけど、本当に本当に大事なものは触れさせてくれない、内のことも。
いつもいつも。
でもそんなところもずっと愛してきたんだ。

何一つ欠けても私が愛して来た関ジャニ∞じゃなくなってしまうのもわかってるのが、余計に辛い。