てきとうなはなし

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羊の木

羊はキリスト教の概念だそうだけど、宗教にまつわることは仏教ならなんとなくわかっても他の宗教はなかなか難しい、というのが本音。
それこそ肌で感じられないというか。

 

とにかく冒頭の一人ひとり月末が迎えに行くシーンがめちゃくちゃうまいな、と。1人ずつ一発でどんな人かわかる。
知られたくない秘密を抱えてる人特有の脅え、皿を包んでた新聞紙ですらきちんと畳む癖、ぴったりしたTシャツを選んでしまう感じ、そして先に大体の海辺の田舎町なら通じそうなあたりさわりのない街に対する褒め言葉を言う人。
月末のおそらくどんな人にもある前科者に対する構えを隠さない中にも、先入観から流されたくないときっちりタバコのパシリを断る生真面目さ。
この一人ひとりのことがすぐにわかるのはすごい。
先入観を持たないように、は市役所の職員としての真っ当な職務であり、それでも父親に近づかないでほしいと思うのは父親の息子という個人で。
そういう揺れ動きを演じる、ーー『普通』なんてそうそうないけどーー想像できうる実感できる『普通の小市民』を演じるのが錦戸くんは本当にうまい。
ただ全ての小市民が『善良さ』が透けてるとは限らないと思うので、それが先に来る人をきっちり演じられるのは錦戸くんのもともとにある『嘘が嫌い』とかそういう真っ直ぐさから来るんだろうな、と思ってる。

 

真性サイコパスが出てくると、モリタくんの目線で見てしまうのもうやめたい。
なんであいつら必ず人轢くときは丁寧に2度轢きするんだ。
人当たりのいい宮越は典型的なスーパーサイコパスなわけだけど、宮越は要するにギターもあやのことも月末に何らかの執着をしているからで、でもその理由が読み取れなかったんだよなぁ。
たぶんたぶん『友だち』なんだろうけど。それだと浅いような…。
『普通(凡庸とも言える)』には生きられない自分と対極だからだろうか。
宮越には信じる人も信じてくれる人もいなかったけど『信じたい人』はいてそれが月末だったのかもしれない。
宮越に信じてくれる人がいなかったのは自分を隠していたからだけども。

最後の岬のシーンは(船越英一郎だ…)とか心の中で茶化してて、まあ月末が飛び込む宮越を止めるのもなんか想定内だなー、と思っていたけどそこから怒涛のカタルシスが本当に本当に最高だった。
普通の小市民月末がサイコパスの宮越に手を引っ張られて断崖絶壁から飛び込むなんて、その上にのろろさまの顔が落ちる(天罰)なんて、あーこれが映画を映画でやる意味だよ。

 

松田龍平は長いこと『まほろの行天』か『舟を編むの馬締』の演技パターンしかないのかと思ってた。
いやすごかった。
この勢いで野獣死すべしのリメイクした方がよいのでは…本人が嫌がりそうだな。

あやの魅力が全くわからなくて、月末の好意を利用してる女、に見えるんだけどあれは不穏な空気のためにそうなってるんだろうか…。
月末はあの子の何が好きなんだ、正直に生きてるところか。
もう一回見たら変わるのかなあやの印象。
あと月末の叔母さん、『いるいる親戚にこういうおばさん』力がすごすぎて、誰がいちばん普通だったかってあの叔母さんだった。すごいな叔母さん。

 

 

余白が多いタイプの映画かな、とも思ったけど、思い返せば大事なところはきっちりセリフにしてあるので、あのキーン!という弦の音と一緒に心の中で浮かんでは消え浮かんでは消える。
太田の「(愛する旦那を殺した過去があるからといって)人を好きになってはいけないの?」というセリフがいちばん胸に来た。
いちばん人間らしい感情の揺れ動きだと思った。
そういえば自分の中のそういう感情を吐露するセリフ、宮越と杉山だけ言ってなかったかもしれない。


人は居場所があれば信じてくれる人がいれば信じるものがあれば更生できる、というのが下地がすでに雨森の言葉からあって、それがあった4人は魚深で生きていけるけどそれがなかった杉山は変われず、宮越は戻ることができなかった。
まあもともと宮越はサイコパスだからそれが通じるかはわからないんだけど。
私はそれ自体は詭弁では……と思ってしまうし、同時期公開の【スリービルボード】がすごい速さで人間の裏表裏表っていうのを見せられる内容なので、ちょっと甘いかなぁ、と感じてしまった。
大野は任侠の男だから、絶対に内藤さんを裏切らないと信じたい。
あとは人間だからわからない、前科があろうがなかろうが……。
すでに私の中でも信じるか疑うか、になっている。

 

それにしてもとてもよくできたおもしろい映画だった。
この映画に錦戸くんが主役として出ていることが関ジャニ∞のファンとしても嬉しいし、この映画を見れたことは映画好きとしても嬉しい。

 

 

そして今まで見た映画の中でもかなり印象に残るすごく素敵なエンドロールだった。
美しい海とボブディラン、人間同士の不穏な感情なんて些細なこと。