てきとうなはなし

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羊の木

羊はキリスト教の概念だそうだけど、宗教にまつわることは仏教ならなんとなくわかっても他の宗教はなかなか難しい、というのが本音。
それこそ肌で感じられないというか。

 

とにかく冒頭の一人ひとり月末が迎えに行くシーンがめちゃくちゃうまいな、と。1人ずつ一発でどんな人かわかる。
知られたくない秘密を抱えてる人特有の脅え、皿を包んでた新聞紙ですらきちんと畳む癖、ぴったりしたTシャツを選んでしまう感じ、そして先に大体の海辺の田舎町なら通じそうなあたりさわりのない街に対する褒め言葉を言う人。
月末のおそらくどんな人にもある前科者に対する構えを隠さない中にも、先入観から流されたくないときっちりタバコのパシリを断る生真面目さ。
この一人ひとりのことがすぐにわかるのはすごい。
先入観を持たないように、は市役所の職員としての真っ当な職務であり、それでも父親に近づかないでほしいと思うのは父親の息子という個人で。
そういう揺れ動きを演じる、ーー『普通』なんてそうそうないけどーー想像できうる実感できる『普通の小市民』を演じるのが錦戸くんは本当にうまい。
ただ全ての小市民が『善良さ』が透けてるとは限らないと思うので、それが先に来る人をきっちり演じられるのは錦戸くんのもともとにある『嘘が嫌い』とかそういう真っ直ぐさから来るんだろうな、と思ってる。

 

真性サイコパスが出てくると、モリタくんの目線で見てしまうのもうやめたい。
なんであいつら必ず人轢くときは丁寧に2度轢きするんだ。
人当たりのいい宮越は典型的なスーパーサイコパスなわけだけど、宮越は要するにギターもあやのことも月末に何らかの執着をしているからで、でもその理由が読み取れなかったんだよなぁ。
たぶんたぶん『友だち』なんだろうけど。それだと浅いような…。
『普通(凡庸とも言える)』には生きられない自分と対極だからだろうか。
宮越には信じる人も信じてくれる人もいなかったけど『信じたい人』はいてそれが月末だったのかもしれない。
宮越に信じてくれる人がいなかったのは自分を隠していたからだけども。

最後の岬のシーンは(船越英一郎だ…)とか心の中で茶化してて、まあ月末が飛び込む宮越を止めるのもなんか想定内だなー、と思っていたけどそこから怒涛のカタルシスが本当に本当に最高だった。
普通の小市民月末がサイコパスの宮越に手を引っ張られて断崖絶壁から飛び込むなんて、その上にのろろさまの顔が落ちる(天罰)なんて、あーこれが映画を映画でやる意味だよ。

 

松田龍平は長いこと『まほろの行天』か『舟を編むの馬締』の演技パターンしかないのかと思ってた。
いやすごかった。
この勢いで野獣死すべしのリメイクした方がよいのでは…本人が嫌がりそうだな。

あやの魅力が全くわからなくて、月末の好意を利用してる女、に見えるんだけどあれは不穏な空気のためにそうなってるんだろうか…。
月末はあの子の何が好きなんだ、正直に生きてるところか。
もう一回見たら変わるのかなあやの印象。
あと月末の叔母さん、『いるいる親戚にこういうおばさん』力がすごすぎて、誰がいちばん普通だったかってあの叔母さんだった。すごいな叔母さん。

 

 

余白が多いタイプの映画かな、とも思ったけど、思い返せば大事なところはきっちりセリフにしてあるので、あのキーン!という弦の音と一緒に心の中で浮かんでは消え浮かんでは消える。
太田の「(愛する旦那を殺した過去があるからといって)人を好きになってはいけないの?」というセリフがいちばん胸に来た。
いちばん人間らしい感情の揺れ動きだと思った。
そういえば自分の中のそういう感情を吐露するセリフ、宮越と杉山だけ言ってなかったかもしれない。


人は居場所があれば信じてくれる人がいれば信じるものがあれば更生できる、というのが下地がすでに雨森の言葉からあって、それがあった4人は魚深で生きていけるけどそれがなかった杉山は変われず、宮越は戻ることができなかった。
まあもともと宮越はサイコパスだからそれが通じるかはわからないんだけど。
私はそれ自体は詭弁では……と思ってしまうし、同時期公開の【スリービルボード】がすごい速さで人間の裏表裏表っていうのを見せられる内容なので、ちょっと甘いかなぁ、と感じてしまった。
大野は任侠の男だから、絶対に内藤さんを裏切らないと信じたい。
あとは人間だからわからない、前科があろうがなかろうが……。
すでに私の中でも信じるか疑うか、になっている。

 

それにしてもとてもよくできたおもしろい映画だった。
この映画に錦戸くんが主役として出ていることが関ジャニ∞のファンとしても嬉しいし、この映画を見れたことは映画好きとしても嬉しい。

 

 

そして今まで見た映画の中でもかなり印象に残るすごく素敵なエンドロールだった。
美しい海とボブディラン、人間同士の不穏な感情なんて些細なこと。

 

新年会と思い出話

『(ヨコヒナは)夫婦ですよ』発言が取られやすいけどあの時の松原ラジオですばるくんの

「喋らへんというのは逃げやと思うぞ。なんでもグループでもバンドでもそうやけど一緒にいすぎて会話なんかいらないですよとか後で会話しますとか、それは絶対逃げやからな。それは違うと思うねんオレは」

って言う言葉をずっと信じてそう思ってるメンバーがいるなら大丈夫って思って来たので、新年会の最後の「グループとしての会話をもっとしましょう」って言葉は本当に嬉しかった。
変わらないものと変わって行くとこと両方あって両方好きでいられるのはファンとして幸せな環境だな。

 

ただずっと考えてるんだけど「上には上がいてもっと大きくなりたい」の上がどこを指すのかわからなくて、嵐なのかTOKIOなのかもっと違うミスチルとかサザンとか?ドリカムとか?どこなんだろうな〜。単純にスタジアムクラスでやりたいのか。
考えてもよくわかんなかったけど全部かなー全部。
国民的お茶の間(死語だ…)のアイドルなら特典で酒飲まないしライブでコント中にベッドシーンやらないでしょ、って思いつつエイトはエイトの流儀で大きくなることを考えてるんだろう、とは思ってる。

事務所ではまあまあ上の方にいるんだし30半ばを過ぎるメンバーも出てくるし、このままを維持する努力にシフトチェンジしてもいいんじゃないかな、と思うんだけど、倉すばがあの熱さでまだ「大きくなりたい」って言ったことは、さすがに自担グループだからもちろんそういうつもりなかったけど、そういうの思ってもみなかったので関ジャニ∞ナメてたかなとも思う。
自分がチケット取れなくなるかもしれないことはとりあえず置いといて、大きくなればなるほどもっと窮屈になるんだよ、一挙一動言われるんだよ。今までの自由な(昔に比べれば今もずいぶん不自由だけど)部分も全部なくなっちゃうかもしれんないんだよ〜〜って思うんだけど、本人たちにその覚悟があるならギリギリまでの間違いならかばっちゃう覚悟もこちらはあるよ。

本人たちが感じる上がったり下がったりや安田が楽屋で泣くくらいのことはあんまり思い出せないんだけど、走っても走っても前に進んでるように見えなかったことはあるな。
こちらも歯がゆかったけど、それでも若さと情熱が互いにあったからまだいけるまだいける、って思ってた。
今は行くべきところがどこなのかわかんないけど、わかんないけどまあどこかへはたどり着くだろう、たぶん。

 

エイトの核はすばるくんだと私は思うんだけど、核分裂するように安田もそれを担っていって、エイトのリーダーシップは取るのは横山さんだけどそれをtornも担っていく未来が見えるからそれはそれで楽しいな、と。未来を楽しみに思えるグループはファンやってても楽しいから。
ひなちゃんが請け負ってた対外的なあれこれはマルちゃんも請け負うのかな〜〜。

 

 ツアーのあとはだいたいヤスくんのすごさを噛み締めてるんだけど、エイタメはより噛み締めてて。

おばちゃんの思い出話なんだけど、最近思い出すのは2006年のFTON第二弾の時の仙台公演でその日が内の誕生日だったから、会場中真っピンクでうちわも内への誕生日メッセージがすごくたくさんあっていなくてもその場でなにか祝ってくれるのではないか、みたいな雰囲気が渦巻いてた中で。
本人たちも辛かったと思うが、それはどうしてもできない大人の事情があったんだろう、そんな楽しいライブだけどなんか変な空気の中、全部背負ったのが前日誕生日の安田だったんだよね。
わかってるんだけど、わかってたけど、「会場中全員みんな自分を祝いに来てくれて祝ってくれてありがとう!!!」って丸っと全部受け止めた安田を見て、まだ彼のことよくわからない時期だったから純粋にすごい人だと思って感動したのをよく覚えてる。
わりと前のめりだった会場中が牙を抜かれたみたいな感じにもなって、ヤスくんの誕生日を全力で祝う空気になったんだ。
誰が当事者でもエイトは全員同じようにしたのかもしれないけども。
でもやっぱり安田のそういうところ本当にすごいと思う。

ということをエイタメツアーと新年会で思い出したので残したかった。

関ジャニ's エイターテイメント 雑感

その1

友だちと話し合った結果『今回のセトリが新規向けと言うなら、リサイタル含めコントが古参向け』ということになりました。
リサイタルのときも07年以降のファンでエイト以外に興味ない人はわからなくない???って疑問だったけどそこがきっと古参向けなんだ。しかしマルちゃんのマスクに「すごーい」という感想を漏らすファンに(本物のマスクを見せてやりてえ…なんなら変面も見せてやりてえ…)ってなる。
本物のマスクは宮舘くんがやるやつな!!マルちゃんのは…マルがうまくないこともあるけどあれマスクの作りが雑なんだと思う。デカ顔の方がウケるだろけどそこは思いつかなかったのかな。
ジャニーズ大好きだからザジャニース!白タキシード!群舞!ザジャニース!みたいなのももちろん興奮するんだけど、エイトの『自分が想定していたジャニーズになれなかったジャニーズコンプレックス』みたいなところも逆に逆に好き。
私から見てメンバーみんなジャニーズか大好きなのに王道ジャニーズできなかったところ好きだしいつまでもそういうとこ引きずってて欲しい。おもしろいから。ひどい。
彼の方がもっと大変だろうけども斗真とはそこが共鳴するのかなと思ってるのでFNSのキン男はもちろん仲間内の幼馴染感とは別のところでも最高だった。

風間の映画の主題歌を嵐がする世界が来てもいいはずだ。そのためには風間がものすごい商業的な映画の主演をしなきゃいけないけど、私はあんまり商業的な映画好きじゃないのでミニシアター系でも主題歌……してくれないね。

すのちゃんもその手のコンプゲージ溜まりまくってるけど王道ジャニーズの忠実な部下なのでエイトほど拗らせないと思う。

 

その2

もちろん4人が意見してないわけではないとは思うし音楽的知識も豊富であろうことはわかってるんだけど、勝手にヤンマーがエイトの音楽番長だと思ってて。

そのヤンマーが作ったものをすばるくんが絶対的な信頼を持って歌いあげる姿がたまらなく好きで。うまく言えないんだけどすごくエモい。
すばるくんって音楽面においては核みたいなとこあるじゃないですか。

コアを固めるヤンマーがいてくらまるよこひながいてエイトの音楽ができるんだと思うんだよね。


関係ないけどすばるくんがファンサするの素晴らしいことだと思うけどすばる担の言う【生きてるだけでファンサ】みたいな境地が好きだったので下界に降りてこられてしまった感ある。

【生きてるだけでファンサービス】かっこよすぎ。

エイトの宗教的な面って大元すばるくんが下界に降りてこられたらいよいよエイト教の終わりな気がする。すばるくんを崇めてるのはメンバー込みで。
オーラスの最初の挨拶の『エイターーー!!!』は久々に宗教っぽくてよかったです。昔よくあんな感じで呼んでたから。
どこも宗教的なファンはいるけどエイトの場合エイトが煽ってたからおもしろかったんだよなー。一部にはめちゃくちゃ毛虫のように嫌われてたけどーーー。


グループが危機に立たされると結束力が宗教的になっていくらしいと去年改めてわかったので、今のエイトはグループの根本を覆すような危機がないという意味でまあ平和なんだろうな。平和ボケしてるのかもしれないけど。
でも第…何章かわからんが、また新しい章に入ってきてるので楽しみだなー。

 

 

関ジャニ'sエイターテイメント 大阪

2017/1/14 17:00

1/15 16:00  京セラ

 

おぼえがき

キン男、いっつもすばりょしか見てなかったし見えなかったけどヤスくんも外野側でがっつり踊ってんのね。オーラスだからかもしれないけどすごい気迫だった。

安田のたこ焼き帽子も可愛いしタコマイでスカートひらんひらんさせるのも可愛いしあのためにスカート履いてきた安田は可愛い。いや象の猟奇的な安田も好きだよ。出産しながら舞台の宣伝できる人なかなかいないし本当にアホ。

すばりょがそんなん?!って怒ってたけど14日の安田のモノマネは横山さん込みで似てると思うよ…。すばるくんが「感じいい方じゃないけど!(=そんなに感じ悪いのか)」って言ってて感じいい方じゃないのは知ってるんだなって。横山さんはしょっちゅうトークしながら何かかき混ぜてるよ。
蓋は前につっこまれてから開けなくなったよね。今は「カロリー高い」かな。

15日はそうでもなかったけど14日はどっくんの喉おかしかったけど大丈夫なのかな。すばるくんが声枯れた時も横山さんが歌えなかった時もいつも助けてくれたどっくんの喉大事にしてほしい。

syl屋良ちゃん振り付けと聞いてがっつりがっちり見たけど「屋良ちゃん!!」ってわかる感じではなくてそういえばしばらく屋良先生の新作振付見てないと気づいた。
そしてsylが悪いわけではなく、恋涙が愛かたになれなかったようにtorn(曲の方)にはなれなかったんだ……tornは偉大だからな…ヨコヒナ込みで……。
torn初出しの頃ロメオにはなれないよ、と言われたけどそれはまあ……そう言われまくったからロメオ一回しか見たことないな。

あと大倉がsylのソロで詰まって歌えなくなった時は「やばい次はインフルだ!!!」って思ったよね…。
自らいろいろ言ってたけど「明日病気になってもいい」ってのはちょっと……1年ずっと脳内のどこかで自分を責めてたのかなーって切なくなった。
生まれながらに貴族の株主アイドルなんだからそんなに気にしないで欲しい…はきっとムリだな。
チャラい大倉くんも好きだよ。

パノラマの最初のくらまるがどんどんひどくなっていくのとなぐりガキのくらまるパートのついてくるのが気がついたら逆になってるの、ほんとにくらまるってくらまるって……可愛い。

でもマルちゃん、ジャニーズwestは7westが改名した結果じゃないよ…それ言うと封印したものが開いちゃうからダメ…。

しかしレンジャーのマルちゃんは2日間とも本当にヤバかった。あんなに腹痛くなるまで笑うこと日常ではないけど、形容できなさすぎる。
本当は普通の人でみんなを楽しませたいだけっていうけどマルちゃんもやっぱり十分変だと思う…。
あと片耳かけは正義だと思います。

山田が山田やってくれたの可愛くてよかったけど、十祭のときは『イェイイェイ!!』はパクリだから『フゥフゥ』に変えてたのにすでに忘れていたけど大丈夫なの。DVDになるんじゃ…。
でも足を運んで〜で本当に足を運ぶ人もいないし、七変化で宣伝してくれる人もそうそういないから山田ってすごい。

 

Tokyoholic〜セッション〜象〜NOROSHI(あってるかな)の流れがもうたまらなくて。

即興セッション自体バンドに馴染みのない私にはそんなものが見れるようになる未来は描いてなかったなぁ。

まだまだ想像つかないことが起きるといいな。

 

本当に本当に楽しかった。

モリタのこと

原作のモリタサイコパスで首を絞めることに性的興奮を覚える異常者で、それに対する苦悩があるらしい。

映画のモリタは1度目に見たときはサイコパスではなく、脳内の声に耳を叩くシーンに人格が乖離してるのかな、とかイジメによって壊された心が教室での自慰行為で再起不能なまでに潰されたのかなって思った。

あの手の猟奇的な話で『サイコパス』もだけどそれより『多重人格者』はまあまあ卑怯な手だな思ってるのでちょっと引っかかってたんだが、2回目見たとき多重人格者でもなくそして原作の通りサイコパスなんじゃないかと。

ウィキペディアからの引用

サイコパスの特徴

・良心が異常に欠如している

→友人(とは言い難いが)をまるで普通に遊びに誘うように殺人に誘う

・他者に冷淡で共感しない

→オカダとの居酒屋での会話

・漫然的に平然と嘘をつく

→カフェに初めて来た、いつもとは言ってない等

・行動に対する責任が全く取れない

→煙草を注意されて「もう吸ってませんから」

・罪悪感が皆無

→殺人の後の食事

・自尊心が過大で自己中心的

→通りすがりの女性への殺人暴行

まんまだった。

あの「もう吸ってませんから。もう吸ってませんから。もう吸ってませんから!」の(あ、こいつやばい…)と思わせる。『現実にいそうな避けて通るタイプ』のリアルさ。

でも暴力を厭わない2人組みには勝てない。捕食者のモリタも立場が変われば捕食される側になる。

そして、

・口が達者で表面的は魅力的

口が達者で、はともかく『表面的は魅力的』

モリタは薄気味悪くて全くかっこよくも可愛くもない。表面的ですら魅力的ではない。いちいち『ジャニーズが…』って言われるのめんどくさくなってきたけど、ジャニーズがやる意味がそこにあるのかも…でもジャニーズが云々飽きた。

ただサイコパスだから殺人犯してもしかたないね、ではない。サイコパスでも殺人を犯さない人の方がほとんどなのだから。

モリタにだってオカダに話しかけられて座っていい?って聞かれてすぐタバコの火を消してたり、ちゃんとゴミ箱に空き缶捨ててたり、パチンコ屋でおっさんに笑い返してたり、ときどき見せる『普通』があった。

そのモリタの異常性を引き出したのは高校時代の壮絶なイジメで、サイコパスとは別にあったかもしれない【普通の心】を完全に殺したのは裏切られたときの強制的な自慰行為。

恐らくあのとき自分の異常性癖にも気づいたのでは、とか思うと原作の主旨を透けさせてるのかな。

耳鳴りは多重人格なのではなく「どれが食べたい気分かな」ってメニューを前に考える心の声が人より大きくて強くて、殺人に向かうだけなのでは。確実に精神を病んではいるんだろうが。

ユカに執着してたのは何かしら惹かれたんだろうけど、恋愛感情っていう甘い言葉は似合わないからなぁ。獲物を弄ぶようにじわじわ追い詰めて犯して殺したかったんじゃないかな。

それが最大級の愛の証みたいな錯覚で。

ラストは賛否両論あるだろうけど、1回目見たときはあのラストに救われたし、そうであって欲しかった。勝手に性善説を心から望んでた。

だからあそこで息ができたけど、2回目はやっぱり蛇足な優しさかなぁとも思ったり。

ただ繰り返すけど1回目見たときはどこかなにか救いがあってくれって思いながら見てたから、繰り返し見るわけではない人たちの大多数はあのラストでしか報われない気がする。

でもモリタとオカダ、加害者と被害者どちらにとってもあんな不幸なラストはないと思う。

モリタはもう未来ではなく過去でしか生きられないし、オカダは普通多くの人が選んでしまいがちな本来なら罰せられることのない嘘の罪を、モリタへの嘘と安藤への嘘の罪を両方背負っていく。

そこがまだ飲み込めないんだよなぁ。

性善説だと尋常じゃなく辛い、ただサイコパスだからで切り捨てるとこの映画の良さの1つ、『もしかして自分もどこかで間違えたら同じようになっていたかもしれない』が無くなるし。

どっちにしろあのラストが精神に叩き込むボディブロー凄まじい。じわじわ精神を病んでく気がする。

オカダが運転するモリタに言う「モリタくんは昔はそんなことする人じゃなかったじゃない」(うろ覚え)っていうセリフのチープさ。

でも自分がオカダの立場になったらそんなチープなセリフしか言えないだろうなと思う。そういう細かいディテールが妙にリアルさを出しているんだろう。

自分はあんなにお人好しではないけども結局オカダで、安藤のように人を許したり自分の過ちを省みれる人になりたいけど何かを踏み間違えればモリタだったかもしれないし。

もしくはただモリタの横を避けて通っただけで殺されていた人のはオカダかもしれなくて。

オカダは普通の人でたまたま不釣り合いな可愛い女の子に好かれた運の良さがモリタのスイッチを押してしまったところが運が悪い。

それでも理不尽に殺された人たちよりはずっと運がいい。たまたま殺されなかっただけ。

モリタに殺された人たちはたまたま運が悪かった。こんなにやるせなくてむなしくなることはない。

避けられない不運というどうしようもなさ。

同時にモリタのことは許せないし気持ちもわからない、いじめられてたこと以外はかわいそうだとも思わないけど、彼の人生に穏やかな時間と可愛がってた犬がいたことがあるんだという事実だけは本当に辛い。

そして理解できない殺人鬼の記憶と自分が重ね合わせられる記憶があるのもすごく怖い。

人は被害者を『悪いとこがあったからそういう目にあったんだ』と思い込むことで自分が同じ目にあうかもしれないという恐怖心から逃れる最低な仕組みがあるらしいけど、加害者に対して『同じ何かを持つ』はそれの逆で、同じ人間だと認めてしまうんだもの。

【ヒメアノ〜ル】覚書

ジャニーズによるジャニヲタのための映画の舞台挨拶しか行ったことがないので舞台挨拶前後のふわふわほわーんという客席が好きな人に会えた空気から一変、上映後がひたすらお通夜みたいになる初日舞台挨拶は初めてだった。

みんな引きつった顔で「ああ…」ってため息ついてた。
もちろんわたしも。
またTOHOシネマズ新宿が最新の音響施設にスクリーンだからね。いらん、この映画にそんな設備いらん。

ジャニーズだからテアトル系ではなく全国ロードショーなんだというのを見かけたので、同じR15スプラッタ映画悪の教典を調べたら300くらいか。つか悪の教典あのスプラッタぷりでR15かよ。
ヒメアノ〜ルは85。ちょんまげぷりんとかばしゃ馬さんもたぶんそれくらいなのでそんなもんなのかと思ってた。普通の大型作品は300もあるんだな。
でもミニシアター向きだと思うので、シネコンの大型スクリーンでやるのも良し悪しだと思う。

ピングレは確かPGもRもついてなくてグラスホッパーはPG12。R指定とかって何が基準なのかよくわからないけど、エロより暴力っぽい。
ヒメアノ〜ルはダブルパンチなのでR15はやむをえないけども、中高生に見て欲しいな本音は。

原作はネットで調べた限り、モリタはもともとサイコパスの異常性癖の持ち主でときにそれに葛藤していること、オカダとは同じクラスメイトだったけどほぼ関わりなく、作中も直接的な関わりがないこと、ユカは映画とは真逆の派手な美人だけど純情なタイプであること、など結構違いがあるので原作の熱心なファンは改変に怒りそうかな。昇華できてよかったという人もいるけど。
映像化は監督の二次創作、って言ったのは行貞監督だったっけ。
内容的にも好き嫌いがかなり分かれるはずなのでこんな高評価なのは不思議だけど、でも剛くんが評価されるのは素直に嬉しい。

絶賛されてるタイトルの出し方は上映前の舞台挨拶のときに監督が「わぐっちゃんの『あいつやべーんだよ』というセリフが好き、そこからすべて始まるから」って言ってたのでそっちを重視してしまったので、監督の一言失敗だよ!
クレジット、MORITA Goみたいな表記の中、ムロくんだけ全部大文字だったのはなんか意味があるのかな。やっぱり「もう安藤しか信用できない…」ってなるからかな。

意味のない暴力の映画っていうのはちょくちょく見てるし劇中の血まみ暴力も性暴力もわりと平気で「ふーん」って見てるので平気だと思ってた。実際見たら卒倒してるけど映画だから作り物だから。
前情報で聞いてた殺人したあとに食事する、というのも実際あった一家殺人事件以来異常殺人者の符号化していたのでそれもふーんって思ってた。
でも吉田監督はそういうのを上回る底意地の悪さだった。
殺人前後にカレー食べるシーン、ちょっと可愛いんだよ。薄気味悪いモリタが唯一ちょっと可愛いの。
人が食事してるところはどんな人でも滑稽、みたい言葉をすごくうろ覚えだけど聞いたことがあるが、要するにそういうことで、しかしその落差がじわじわ精神に来る。

殺人シーン全部胸糞悪いけど、特に一軒家の旦那さんを背中から刺すシーン。
何回も何回も刺す包丁全部が全部背中に突き刺さるわけじゃなくて、刃先少しだけ刺さるときもある。
実際自分も他人も刺したこともないし刺したところを見たことないから想像に過ぎないけど、全力の殺意を持ってても力がないだろう人が刺したらそうなるんだろうな…って思ったんだよね。
全部刃がまるまる刺さるとは限らないだろうと。それがあたかも実感したみたいになってダメだった。最近あった殺傷事件も合わせて本当にもうダメだった。
よく公開延期にならなかったね…。
警察官の左胸にゆっくり刃が入るのも同様に“体験したことないけどこんな感じな気がする”みたいになってしまった。
何と言っても女としては、性的暴行のシーンで下着に生理用品がついてたこと、それをモリタがどうでもいいことのように投げ捨てること。
あの言葉にできない身の毛がよだつ感じ絶望感、男性に伝わるのだろうか。
普通映画の中の暴力ってイヤな言い方だけどエンターテイメントであったりショーであったりするんだよね。だから私も平気なんだけど、この映画はそうではなかった…。
日常が流れる間に石に躓いたとか階段から落ちたとかそんな風に殺人があるから。

強いて言うならわぐっちゃんの彼女が殺されるところとユカとオカダのセックスが交互に流れるシーンが映画的エンターテイメント…かもしれない…最高に恐怖を煽るシーンだけど。
あなたがセックスしているその横で誰かが殺されてるかもしれない、それは本当はあなたなのかもしれないっていう暗喩が…。

あとばしゃ馬さんでも思ったけど監督は可愛い子をブスに見下させる演出が本当にうまくてムカつくな。
パンフレットも穏やかな田舎の普通の高校生がゲームしてる写真をめくると血まみれのモリタが出てくるところも本当にいじわるだよ。

本当はヒメアノ〜ルは暴力的なものの話でも快楽殺人者の話でもなくて、日常と非日常の曖昧さと何かの結果には時に理由があるし時に理由なんてないという映画なのかな、って。虚無。

しかしヒメアノ〜ルは一生心に残る映画だけど吉田監督は嫌いだ。底意地が悪い。

関ジャニズム

12/12 18:00 東京ドーム 1/11、1/12 17:00 京セラドーム

fun×3はあのー東京から思ってたけど、バカにして…してないよね…うんリスペクトだとは思う…。 バンドメンだからやっぱりhip-hopに対してああいう風にしかできないんだろうか。 でもすばるくんの>おーらい、よこちょ!はきゅん、としますね。 よこちょって幼馴染の呼び方なのが。エイトはみんなあだ名が小学生みたいなとこ可愛くて好き。 あとすばるくん何でも歌えるなー。 そんでキッチュの時も思ったし、三十路でも思ったけどすばるくんってああいうコミカルなダンスおもちゃみたいにすごく可愛く、はいりたてのJr.みたいに踊るんだけど、あれはわざと可愛く踊ってるの?髪型意識してるのはかっこ悪いのにあれはいいの?どういうこと?ビリケンさんすばるくんちょう可愛い。 リボルバーはすばるくんのライブの声に合わせて見るロン毛アーセナルのかっこよさ素晴らしかったです。 ロン毛のすばるくんやっぱりかっこいいよぉ><

三十路少年は狙ってやってるんだろうことはわかってるけど、振り付け可愛いし、ヨコヒナのビジネスうえーいに震えがくるし、腕立てするひなちゃん応援する横山さん見れたし、マルちゃん壊れてみんな爆笑してるし、30代(ピース☆)の安田も全部、可愛い可愛い可愛い。

スターピースのレーザー、上から見てたらすごかった。エイトはホント照明下手くそなんだけど、あれはすごかったし、見てて楽しかった。 照明下手くそは光一さんブイ比。 フローズン〜はすごい歌詞がダサいんだな、ってことが改めてわかったので面白かったです。あそこにブリュレいれないでくれてホントよかった。

ヤンマー厨だし、アイスクリームのヤンマーちゃんは世界一可愛い友だち同士だよおおおお!!ってなったけど、こう…2人で歌われるとしっくりこないのかも?とはなった…よ…ね。 隠と陽のように見えるけどそういうわけではないのか。 ヤンマー厨としてはちょっと悲しいけど、ヨコヒナが漫才できなかったことと似たようなことだと思う。 ヤンマーは世界一可愛い友だちだから大丈夫!

道は負の感情が内へ内へと向かうタイプの丸すばだからこその曲で、2人にしか作れなくて2人にしか歌えない歌なんだな。 勝手な想像だけどあの2人にしか共有できない、理由は違えど閉鎖感があるんだろうと思う。

KINGやりきったひなちゃんかっこよかったし、よくわかんないけどKINGの初ツアーだったらしいし、すごいんだけど、やっぱりMC途中でいなくなるの寂しいからやめてほしい。

バタフライは当時より声が低くなっててオリジナルキーで歌えないからなんか違和感感じるのかな?当時もまあまあ大人じゃん、って友だちに言われたけど…。

ファンタが短くなったのは怒ってる。いっぱいおっぱい恥ずかしいとか、なんなんだ!もっとあの曲に誇りを持って欲しい!今やアダムとイブではぁっ…とかやってるけど、恥ずかしくてオリソロできなかった横山さんに勇気を与えた曲を!! でも横山さん痩せたのにガリガリなのに白くてムチムチしてて女性だと篠崎愛ちゃんみたいで、黙ってれば本当にエロい感じですね、黙ってれば。 大倉は金髪だと歌って踊ってる時ヅカの男役みたいでいいよーいいよー!

象って10年前のエイトに向けて今のエイトが歌ってるみたいな歌詞でいいな。全体的に雄々しくてかっこよかったけどこれの安田が1番かっこよかった。 アイライロもかっこよかったけど。エイトの中で1番ブレがないところがすごく見えて。 MCでのfu○kもちょうかっこよかった。

シングルメドレーはもうちょっとちゃんとやって欲しかったかなぁ。私はワッハッハー大好きだから!大好きだから! 僕が笑えば君が笑うから、とか最高だから! 意外と関風も大好きだから!大好きだから! オーラスくらまるが関風踊ってくれたのホントきゃわっきゃわだった。関風の振り可愛いのに。

ドヤ顔〜と言ったじゃないか、ベイビーはどうやって見てくれたかなー。感想聞きたい。 言ったじゃないかのバンド最高だったな。

ダブルアンコのオールイズウェルはあんまりよくわかんなかったし、お嬢さんたちが怒ってるのもよくわかんなかったし。 そもそもエイトコンでオーラス特別ズルい!という感情が存在するとは、新しいファンが増えるってそういうことなんだなー。 少なくとも18年前のジャニコンではすでに、関西出身のアイドルは関西で1番張り切り、オーラスが1番ズルいものである、ってあったから、当たり前だと思ってました。 それに地団駄踏んで大人になっていくもんなんだよ☆ オールイズウェルはいい曲だしファンへのメッセージとしていいんだろうけど、メンバーが走って好き勝手にファンサしてファンが飛んで(京セラはジャンピング禁止なので気持ち的に)声出してみんな汗だく!疲れた!終わり!っていうのがよかったかな、ていうワガママかな。 しんみり終わるのは微妙な気が。ああでも10周年の〆としてかな。 こっちがまだそんなに愛着ないとかアレだしな。

変化に対応する、ということを今後はしていきたい、と思った。

楽しかった!!